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同じ所沢市のパセロデザインさんにお願いしました。

出身大学と家紋とネコを混ぜてほしいというこちらの無茶ぶりにもかかわらず、かわいいデザインに仕上げていただきました。

↓パセリデザインさん↓

https://paseri-d.com/blog/

明篤學舎という塾名の由来

私には中国哲学を研究する兄がおり「学びにふさわしい名前はないか」と相談したところ、次の『中庸』の一節を紹介され命名しました。

絶えず学び、わかるまで問い続け、そしてあきらめずに考え、そして努力をして学び得た知識を生かして行動していくことの大切を教えてくれる一節だと思います。

※以下宇野哲人『中庸』(講談社学術文庫、1983年)より

"博之、審問之、慎思之、" (博(ひろ)くこれを学び、審(つまび)らかにこれを問い、慎んでこれを思い、)

"辨之、行之。" (明らかにこれを弁じ、篤(あつ)くこれを行う。)

"有弗學、學之弗能弗措也。" (学ばざるあり、これを学んで能(よ)くせざれば措(お)かざるなり。)

"有弗問、問之弗知弗措也。" (問わざるあり、これを問うて知らざれば措かざるなり。)

"有弗思、思之弗得弗措也。" (思わざるあり、これを思うて得ざれば措かざるなり。)

"有弗辨、辨之弗明弗措也。" (弁ぜざるあり、これを弁じて明らかならざれば措かざるなり。)

"有弗行、行之弗篤弗措也。" (行わざるあり、これを行うて篤からざれば措かざるなり。)

"人一能之、己百之、" (人一たびこれを能くすれば己これを百たびし、)

"人十能之、己千之。"(人十たびこれを能くすれば己これを千たびす。)

"果能此道矣、" (果してこの道を能くせば、)

"雖愚必明、雖柔必強。"(愚(ぐ)と雖(いえど)も必ず明らかに、柔と雖も必ず強なり。)

<通解>

 学ばざれば物の道理を知ることができぬ、故に必ず博く学んで遺る方なく知らねばならぬ。 学んで理解し得ざることは、これを問わねばならぬ。故に審らかに問いて惑いを解かねばならぬ。 学問してこれを知りこれを理解しても、自ら思索しなければ親切でない、故に慎んでこれを思えば心に自得するであろう。

しかして自得したるものはその公私・義利・是非真を豪の間において明らかに弁別しなければならぬ。かくて善を択ぶ上は、これを実際日用の間に施し、篤くこれを実行して失わぬようにする。学ばざることはあるであろう、しかし、これを学ぶ上は能くせざれば中止しない。 問わざることはあるであろう、しかし一旦これを問う上は知らなければ中止しない。思わざることはあるであろう、

しかし一旦思う上は会得しなければ中止しない。弁えざることはあるであろう、しかし一旦弁えんとする上は明らかに弁別しなければ中止しない。行わぬことはあるであろう、しかし一旦行う上は篤く実行し得なければ中止しない。他人が一たびするときは、自分は百たびし、他人が十たびするときは自分は千たびする。

例えば他人が一たび書物を読み通したならば、自分は必ず百遍これを読むというようにする。果してかくのごとく努力することができるならば、たとえ愚なる者もよく善を択ぶことができて必ず明らかとなり、柔なる者もよく固く執ることができて必ず強となる。

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